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⭐︎このお話は「輝く未来ビトより転載」 させていただいています。

「母の無償の愛を感じて...」
 
かならず別れのときがやってくる!
愛している人に愛していると
ちゃんと伝えよう!
 
 
 
【 母の無償の愛を感じて... 】
 
 
人生で起こることは
 
何か大切なことを気づかせて
 
くれるために起こるようです
 
 
 
桜が舞う季節のことでした
 
 
 
病院主催のお花見会に参加するため
 
病室から小さくなった母を車椅子に
 
乗せて近くの神社に足を運びました
 
 
 
母は34歳のときに
 
難病のベージェット病が発症
 
 
 
母がずっとつけていた日記には
 
ほとんど毎日のように微熱や頭痛が
 
あると書かれていました
 
 
 
私は妹と一緒にその日記を見ると
 
 
「 無理をすると発症するから 」
 
 と医者には言われていることも
 
 記されていました
 
 
 
子供たち二人が学校から
 
帰ってきたら
 
お腹を空かさないよう
 
いつもお菓子が買ってありました
 
 
 
お菓子はいつも妹と半分にして
 
分けて食べていました
 
 
 
看護婦をしていた母にとって
 
毎日のようにお菓子を買っておくこと
 
だけでも大変だったはずです
 
 
 
母は病気のため
 
身体がだんだんと
 
動かなくなっていきました
 
 
 
やがて身体に必要な栄養は、
 
毎日3度の点滴で補うように
 
なっていました
 
 
 
幼い頃に大火傷を負い
 
頭皮に後遺症が残った
 
母のこれまでの人生はきっと
 
辛かったことのほうが多かったはず
 
 
 
それでも
 
人を傷つけることは
 
決して言いませんでした
 
 
 
誰に対しても優しかったのは
 
人の痛みがよくわかったから
 
なのかもしれません
 
 
 
母の病気が進行するにしたがい
 
身体の自由が利かなくなった
 
 
 
母の身の回りの
 
お世話をすることが
 
多くなりましたが
 
 
 
そのうち
 
母を幼い子供のように
 
接するようになっていました
 
 
 
お花見会では
 
看護師さんたちが
 
桜が舞うポカポカ陽気の中
 
おでんをふるまってくれていました
 
 
 
「おでんが欲しい?」
 
 と聞くと 食べたいという
 
 
 
久しぶりに人間らしく
 
口から「おでん」を食べさせて
 
あげられることに嬉しさを感じました
 
 
 
おでんを小さく小さく刻んで
 
スプーンの上にのせ
 
口元に運びます
 
 
 
「 おいしい 」
 
 
母が本当に美味しそうに食べ
 
嬉しそうな表情をするので
 
自分も本当に嬉しくなり
 
嬉しくて 嬉しくて
 
涙がにじんできました
 
 
 
口元にスプーンでおでんを運ぶとき
 
母が自分が赤ちゃんのときに
 
今の自分が母に「おでん」を
 
運ぶのと同じようにスプーンで
 
口元に運んでいたときの映像が
 
入ってきました
 
 
 
それと同時に
 
子を思う母の愛情が
 
ポンと心に入ってきました
 
 
 
時を越えて...
 
母の愛を受け取った瞬間でした
 
 
 
そこには
 
愛しかありませんでした
 
 
 
子が存在しているだけで
 
愛おしく感じる心
 
 
 
自分のすべてを注ぎ込む
 
愛情がそこにはありました
 
 
 
母の無償の愛を感じて
 
泣き崩れました
 
 
 
おでんをのせたスプーンを
 
口元に運びながら
 
無理に微笑もうとすると
 
余計に涙が溢れます
 
 
 
こんなにも愛されていたんだ
 
と思うと涙が止まりませんでした
 
 
 
もっと親孝行すればよかった
 
もっと作ってくれた料理を
 
おいしいって言って
 
あげればよかった
 
 
 
それなのに
 
こんなにもこんなにも
 
愛されていたんだ
 
 
 
そう思うと涙があふれて
 
止まりませんでした
 
 
 
「こんなに...こん..な.に..
 
 素晴らしい...行事をしてくださり
 
 本当に..ありがとうございました..」
 
 
 
感謝の手紙を
 
院長先生宛に出しました
 
 
 
心から接してくれる
 
看護師さんたちを
 
院長先生に褒めていただき
 
たかったのです
 
 
 
それ以降
 
母は友人から
 
呼ばれていたように
 
看護師さん達からは
 
 
「あっこさん」
 
と呼ばれるようになっていました
 
 
 
 
母の最期の友人たちでした
 
 
『 人には優しくしよう 』
 
これが 母から学んだことです
 
 
 
それから数年後
 
最愛の妹にガンが見つかった
 
 
 
聞いたとき
 
目の前が真っ暗になりました
 
 
 
目を開けているのに
 
何も見えませんでした
 
 
 
祖父母 両親をすでに
 
亡くしている自分にとって
 
 
たった一人で
 
この世に残されるような
 
虚無感を感じたのです
 
 
 
全く現実を
 
受け入れられませんでした
 
 
 
手術は成功しました
 
 
 
いまは 再発の可能性がなくなる
 
5年が無事に過ぎればと思っています
 
 
 
心の底から気がついたことがあります
 
 
 
それは人生で一番大切なことは
 
 
 
「一番大切なことを
 
 一番大切にすること」
 
 
 
好かれていない人の
 
ご機嫌を取るより
 
自分を愛してくれている人
 
のために「時間」をもっと使おう
 
 
 
でっかいことを
 
しようとするよりも
 
 
いつも見守ってくれている人が
 
喜ぶことをするために
 
「時間」をもっと使おう
 
 
 
「ありがとう」
 
「ごめんなさい」が
 
ちゃんと言える人になろう
 
 
 
人に迷惑だけは
 
かけない人生にしよう
 
 
 
嬉しいときには
 
嬉しいとちゃんと伝えよう
 
 
 
愛している人に
 
愛しているとちゃんと伝えよう
 
 
 
人生で一番大切なことだから
 
親が子供に一番最初に教える
 
ことなんだと心に落ちます
 
 
 
出典:「輝く未来ビトより転載」 
 
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「人の悪口を言わない理由」

松井秀喜

このお話は作家の伊集院 静さんが書いた「松井秀喜の美しい生き方」の中のお話です。

伊集院 静さんは直木賞や柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞など数々の栄誉ある賞を受賞しています。また、近藤 真彦さんの「ギンギラギンにさりげなく」や「愚か者」などの作詞も手掛けています。
 
 
ある日、伊集院 静と松井秀喜の対談が某出版社の企画で組まれました。

この日がお互いの最初の出会いの日だったそうです。この日を境に、伊集院 静、それに彼の奥さんと松井秀喜の交流が始まります。

この日のインタビューで、伊集院夫妻はすっかり松井秀喜の人間性にまいってしまったのです。

ちなみに、伊集院 静の奥さんは、女優の篠ひろ子さんです。

その対談は、最初のうちは当たりさわりのない話題から始まりました。
 
 
「野球は何歳くらいから始めたの?」

「将来メジャーリーグでプレーしたいという気持はあるの?」
 

松井秀喜の誠実な受け答えに、伊集院 静はじめ周囲の出版社スタッフも、すっかり彼に好感を抱きました。

その後もいろんなやりとりが著書に記されています。

しかし、私が最も松井秀喜の人間性を象徴していると思ったのが、次のやりとりです。
 
 
伊集院
「君の周囲の人から聞いた話だけど
 君は人の悪口を一度も
 口にしたことがないそうだね」

松井
「野球選手になろうと決めてからは
 一度もありません」
 
 
まさか、という気持もあり、確かめたい気持もあり、伊集院は再度同じ質問をします。
 

伊集院
「一度も人前で
 悪口を言ったことがないの?」

松井
「はい、ありません」
 
 
ここで、伊集院は、目は真剣だけど気負いのない松井の態度に、少々遅れを感じたのか、少し離れた場所で二人の話を聞いている奥さんの表情をうかがいました。

奥さん、篠ひろ子は驚いたようにうなずいて、目でゆっくり語ったそうです。
 
 
「その若者は真実を話してるわ」
 
 
雑誌の編集長もカメラマンも同じように驚いた表情をしていたそうです。

対談が続きます。
 
 
伊集院
「どうしてそうしているの?」
 
 
それに対する松井秀喜の受け答えこそが、彼の人間性の全てを物語っていると思われるのです。

松井の、その言葉に対し、そこに居合わせた全員が水を打ったような静けさに陥りました。

伊集院からの質問に対し、松井はこう答えています。
 
 
松井
「父と約束したからです。

 中学2年生のとき
 家で夕食をとっている中
 僕が友だちの悪口を言ったんです。

 すると、父が夕食を食べるのを中止して
 僕に言ったんです。

 人の悪口を言うような
 下品なことをするんじゃない。

 今、ここで二度と人の悪口を言わないと
 約束しなさいと…。

 それ以来、僕は人の悪口は言ってません」
 
 
父親が息子の悪い所を叱り、息子が素直に謝った。どこにでもある一般家庭の光景ではあります。同じようなことは、当然ながら私にもあります。

松井親子の場合、どこがどう普通の家庭と違っていたのでしょうか?
 
 
この日を境に、一切人の悪口を言わない松井秀喜という人格が形成されていったのです。
 
 
この後、伊集院からこんな質問もあります。
 
 
伊集院
「ところで松井君はそれでも
 悪口を言いたいときはないのですか?

 例えば、君のバッティングフォームに
 ついてけなされた時とか・・・」
 
 
松井
「言いたい時は・・・」
 
 
そこでしばらく黙った後、
 
 
松井
「山ほどあります」
 
 
そう言って、松井はニヤリと笑ったそうです。

そして、そこにいた全員が笑い出しました。
 
 
その日の対談が終わり、帰りの道すがら、伊集院と奥さんは、行きつけの鮨屋に立ち寄りました。
 
 
奥さん
「私、感動しました。

 あんな素晴らしい若者が
 まだ日本にいたんですね。

 この国は大丈夫ですよ」
 
 
興奮して語る奥さんを見て、鮨屋の主人が言いました。
 
 
主人
「どうしたんですか?奥様。

 まるで恋をしたみたいな言い方ですね。

 そんな素敵な人に逢われたのですか」
 
奥さん
「はい、今日ジャイアンツの
 松井選手に逢ったんです」

主人
「それは良かったですね。

 私も松井選手を球場でみましたが
 あの人は特別だ。

 他の選手とはまるで違います」
 
 
普段は無口な主人が大声でそう言ったそうです。

伊集院 静や奥さんの篠ひろ子、それにこの場に居合わせた鮨屋のご主人が認めるように、その後の松井秀喜は特別の選手として、また人間性においても一流の選手として成長していきます。

国民栄誉賞まで受賞するような一流の人格に育つとは、この時点でまだ誰も想像していませんでした。
 
 
引用元:角田書店「逆風に立つ 松井秀喜の美しい生き方」


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なぜか隣にいてくれる

大切な人に文句をいったり。

なぜかそばにいる

仲間の失敗を咎めたり。

なぜか努力してきたはずの

自分を責めたり詰ったり。

ほんとは

味方のはずなのに

なぜか内輪でモメて

もっと先の、もっと遠くの

もっと自分にとって

大切なはずのものを

煙にまいてしまうような。

なんのために

その仕事をしてるのか。

なんのために

一緒に暮らしているのか。

なんのために

その勉強をしているのか。

なんのために

表現をしつづけているのか。

なんのために

生きていきたいのか。

なんのため、

あるいは

だれのため、

かもしれませんが、

局地的に

ものを見すぎるあまりに

本末転倒な

いざこざに終止してしまうのって

もったいないから

やっぱり

本来大切にしたいものへ

本当にたどり着きたい目的地へ

ひたむきに、挑みたいものです。

できれば、

いっしょに。

いちばん遠くを

思い出せたら

わかりあえるはずだから。

(Facebook)


熱帯低気圧が令和初の台風になりそうですね。
梅雨なのに、雨があまり降らないな〜〜と思っていたら、いきなり台風のお知らせ💨

いろいろな令和初があるけれど、これは別になくってもねぇ…と思ってしまいます。

何事もなく通り過ぎて欲しいものです! 


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お釈迦様は、

この世の苦しみ
悲しみの根元は、
 
「思いどおりにならないこと」
と悟りました。
 
 
自分の思いどおりに
ならないことに対して、
それに逆らって
なんとかしようと
するからこそ、
人は悩み・苦しむのです。
 
 
人の苦しみや悲しみは、
外から与えられる
ものではありません。
 
 
苦しい・悲しいと思う心、
つまり、人の内(心)から
苦しみや悲しみが
発生しているのです。
 
 
だから、お釈迦様は、
こうおっしゃっています。
「すべて、受け入れなさい」と。
 
 
それは、頑張る生き方ではなく、
楽に生きる生き方です。
 
 
人に頼って、
人に甘えて、
あるいは人に頼られて、
時には人から甘えられて。
 
 
自分の思いどおりに
世の中を変えようとしないで、
 
それを受け入れて、
こころを楽にして
生きてゆくこと。
 
 
そして、その最高の形は、
「ありがとう」と
感謝することだったのです。
 
 
水を飲めることに「ありがとう」
 
息ができることに「ありがとう」
 
食事できることに「ありがとう」
 
仕事があることに「ありがとう」
 
家族がいることに「ありがとう」
 
友達がいることに「ありがとう」
 
話ができることに「ありがとう」
 
歩けることに  「ありがとう」
 
病気でないことに「ありがとう」
 
生きていることに「ありがとう」
 
 
 
- 小林正観 -

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