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タグ:子供

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(画像はネットより)

自分の価値観を見失うと
「つまらない」感覚が全身を支配します。

つまらない感は思考も行動も逃避的になります。

「つまらないから考えてもしょうがない」

「面白くないからやらない」

自分がエネルギーロスになっていることに気づかずに
みんなとほどほどにやっていればいいだろうという考えが固定化されていきます。

みんなと同じことをやっているだけで、
安心感を得られる、共感を得られると思い込むのです。

表面的に群れて楽しそうにしている人のなかにも
実際には「楽しくない」と思っている人もいるかもしれません。

自分の「快」「幸福」の価値がどこにあるのか、
何を考え、何をしているのが楽しいのか。

自分の価値観を見失わないことは
「人と違う」生き方に幸福の価値を見出すことができるということです。


(整心塾)


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夜回り先生


よく薬物の専門家たちは「真面目な子ほど、薬物を真面目に使って死んでいく。

心に傷がある者ほど、その傷を埋めるために必死に使って死んでいく」と言います。

マサフミもそんな少年でした。

マサフミがいなかったら僕は薬物と闘っていなかっただろうし、ある意味では幸せだったかもしれない。

彼は高校生の入学式にもシンナーを吸ってくるほどの依存症で、僕が夜回りで見つけた時も、夜の公園で空き缶を使ってシンナーを吸っていました。

なぜか最初から気が合って、その日、空が明るくなるまで語り合っていました。

彼は幼い頃に暴力団抗争で父を亡くし、以来母親と2人で6畳1間、風呂なし、トイレ共同の木造アパートに住み、貧しいながら幸せに暮らしていました。
 
母親思いでね、小学校の時は学級委員をやるほど真面目で優秀だったそうです。

ところが、5年生の時、母親が過労で寝たきりになり、生活が一変してしまう。

電話、電気、ガスは止められ、食べ物にも困るようになった。
 
マサフミはコンビニを1軒1軒回り、「僕の家は貧しいから、捨てるお弁当をください」と頼んで歩いたそうです。

ほとんどが「余ったお弁当は業者に戻さなければならない」と断る中、遠くの町にある1軒だけが、

「弁当を戻すのは午前2時だよ。

そんなに遅くに来られるかい?」と言ってくれた。

その日から午前零時に家を出て、捨てる弁当を貰いに行きました。
 
しかし、親子2人、当然弁当1つでは身が持ちません。

マサフミは給食のおばさんに「公園の犬に餌をやるから」と嘘をついて、余ったパンと牛乳をもらうことにしました。
 
ところが、子どもたちは敏感です。

彼が給食の余りをもらっていることはすぐに同級生に知れ渡り、それから猛烈ないじめが始まった。
 
 
一番辛かったのは、帰り道に公園に連れていかれ、せっかくもらったパンを地面にばらまかせ、ことごとく踏みつけられた時だったとは言っていましたね。

そんな状況を見かねて助けてくれたのが、同じアパートに住む暴走族でした。

暴力で同級生たちを抑え込み、マサフミは6年生からその仲間となった。

母親は「息子が暴走族になったのは自分が病に倒れ、貧しい暮らしをさせたせいだ」と自分を責め、自分を責める母親を見るとマサフミはますます辛くなった。
 
そこから逃れるためにシンナーに手を染めていったのです。

公園で会った次の日、学校へ来たマサフミは僕の顔を見るなりこう言いました。

「先生、俺シンナーやめるよ。

昨日からいろいろやめ方を考えたんだけど、いい方法を思いついた。

先生と一緒に暮らしたら吸えないよな」

「そうだな。

いいよ、今日から家に来い」

そうして1週間、10日間、僕の家で暮らすと、

「もうシンナーやめられた。

母ちゃんが心配だから家に帰るよ」と言って帰っていく。
 
しかし、2、3日後には、夜中に泣きながら電話をして、

「俺、また使っちゃったよ。

体が勝手に動いて、先輩の家からもらってきた・・・。

先生、俺のこと嫌いになる?」

「いいよ、きょうから家に来い」

そうして1週間、10日間、僕の家で暮らすと、

「もうシンナーやめられた。

母ちゃんが心配だから家に帰るよ」と言って帰っていく。

しかし2、3日後には、夜中に泣きながら電話をして、

「俺、また使っちゃったよ。

体が勝手に動いて、先輩の家からもらってきた・・・。

先生、俺のこと嫌いになる?」

「いいよ、しょうがないよ。

また明日から家に来い。

焼き肉してやるよ」

そしてまた僕の家に来る、その繰り返しでした。

 
6月も下旬を過ぎた頃、授業を終えて職員室に戻ると、マサフミが新聞の切り抜きを持って待っていました。

「俺、やっぱり先生じゃシンナーやめられない。

この新聞に載っている『神奈川県立精神医療センターせりがや病院』ってところは、シンナーや覚せい剤をやっている10代の子を治してくれるんだって。

連れて行ってよ」

僕はカチンときました。
 
こんなにしてやっているのに、俺じゃダメだって言うのか、そう思うと、腹が立って仕方がなかった。

だから、その日僕は冷たかった。

「分かった。

連れていってやるよ。

でも今週は忙しいから来週だ」

そう答えると、マサフミは「きょう先生の家に行っていい?行っていい?」とまとわりついてきました。
 
でも僕は、その日は一緒にいたくなかった、だから嘘を言いました。

「ダメだ。

きょうは神奈川県警と山下公園の公開パトロールをするから、おまえを連れていけない」

そう言って、夜10時頃、彼を騙して追い返したんです。

マサフミはエレベーターホールへ向かって歩きながら、何度も何度も僕を振り返って、最後に一言叫びました。

「水谷先生ーっ、冷てぇぞ!!」

それが最後の言葉で僕はあのまま帰せばマサフミが「さよならシンナー」をやることは分かっていました。

友達に「俺、今度こそシンナーやめる。月曜日に病院に行くんだ」と言うと、「じゃあ最後に“さよならシンナー”やるべ」となることは予測できていたんです。

それでも僕は騙して彼を帰した・・・。

僕と別れて4時間後、6月25日の午前2時、マサフミはシンナーを吸って、フラフラと道路に飛び出し、ダンプカーに轢かれて即死しました。

シンナーの幻覚で、ライトが何かキラキラしたきれいなものにでも見えたんでしょう。

両手でつかむように飛び込んでいったといいます。

マサフミは僕が殺した最初の子です。

僕はもう教員なんてやる資格はないと思いましたね。

学校を辞める決意をして身辺整理をしていましたが、その時、あの日マサフミが持ってきた新聞の切り抜きが出てきた。

気持ちの整理をつける意味でも、彼を連れていく予定だった、「せりがや病院」の院長を訪ねました。

そこで院長に言われた言葉を、僕は一生忘れることができません。

「水谷さん、彼を殺したのは君だよ。

シンナーや覚せい剤は簡単にやめることはできない。

それは“依存症”という病気だからだ。

それをあなたは愛の力で治そうとした。

高熱で苦しむ生徒を、愛情込めて抱きしめたら熱が下がりますか?

『おまえの根性がたるんでいるからだ』と叱って下がりますか?

病気を治すのは、私たち医者の仕事です。

無理をしましたね」

返す言葉がなかったですね。

そんな僕にさらに院長は続けました。

「あなたは正直な人だから学校を辞めようとしているのかもしれない。

辞めないでください。

いま薬物が若者の間で急速に広がっているのに、それに取り組む教員が1人もいない。

われわれと一緒に戦いましょう。」

子どもたちは花の種です。

でもその花は決して夜の世界では咲かない。

温かい太陽の下でしか花を開かせることができないのです。

昼の世界が優しくして、自己を認めてくれて、受け入れてくれるならば、どの子が夜の世界へ行きたいか。

どの子がリストカットをするか。
 
本当はどの子も夜は温かい家で、優しさに包まれて、安心して眠りたいのです。

それを用意するのがわれわれ大人の仕事です。

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子どもを優しく認め受け入れる。

これが必要なのですね。

確かに依存症は、愛の力だけでは救われません。

でも、依存症という病気は治せても、愛の力がなければ、子どもは、安心できないんですね。

愛の力の重要性を改めて教えられました。

ぜひとも、これからもできるだけ愛の力を使っていきたいものです。

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クリスマス

良い人であればあるほど
だまされたり
傷つけられることもある
もしもあなたを
不安にさせる人がいたら
厳しく接してもいい
断ってもいい
無理しなくていい
誰にでも優しくしなくていい
自分を守る強さも必要になる
優しいだけでは生きていけない
強くなっていきること

(Facebook)


赤ちゃん
最近TVで目にするのが「児童相談所」の話…
ここに建つと土地の価値が下がるとか、お金持ちの多い地域の中でそんな子がいたら逆にかわいそうだとか…

児童相談所がどういう風に人々に思われているのかがよくわかりましたね。

皆さん、ご自分の都合優先で言ってらっしゃるようにもお見受けしました…

そして…反対意見だけがなんだか独り歩きというか…大きく取り上げられているような…

行政はこんな施設ですよ~って説明を尽くしたのだろうか???

ちゃんとした説明があればここまでの問題にはならないような気もしました…

子供たち、お母さんたちが幸せになるための施設なのに…

お互い相手をきちんと理解することが必要な気がします…



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魂


小林正観さんのお話から…


魂の特性を見抜いてあげる、魂の話、子育て、教育のお話です。


きれいな魂の状態を泥汚れにしているのは、

 

競うこと。

較べること。

争うという事です。

 

きれいな魂のままであるためには、今のありのままでいい という事です。


それは 学校教育では出来ません。


競う 

較べる 

順番をつけることを

 

学校教育のシステムとして成立させてきたからです。

ところが日本の教育は、本来違うものだったんです。


それは「寺子屋教育」と呼ばれていました。



寺の境内で遊んでいる子どもは 寺子と呼ばれ、その子達に読み書きを教えたところから始まりました。


寺子屋では 一切順位付けはしません。

読み書き そろばん 社会に出た時に文字が書けて読める。

 

そろばんで足し算、引き算。それらができるようにそれを教え込んだのが寺子屋でした。


そこで順位をつけることは一切しませんでした。寺子屋教育こそ教育の本質です。


吉田松陰の松下村塾が教え込んでいたことは順位付けすることではなく、「見抜いてあげる」ことでした。


松陰先生は

「あなたは こういうほうがいいのではないか。こういうジャンルが向いているのではないか。」


「あなたは こういう分野で 優れているので、その道で身を立てたらどうか」と

教えてあげていました。


塾生に対し順位をつけることなど一切しませんでした。


でも西洋教育は違うんですね。順位付けをする。


その結果 その順位を競わせるということになりました。


その教育を日本が受け入れ、「富国強兵」 国を富まして兵を強くする という方向に向かって行きました。

 

確かに一時は、そうなっていったので、その教育が 一番正しいと 思い込んだのです。


ですが、それは違います。

 

本当は優しさ、心の温かさとかいうものを評価する世の中のほうが良いわけでしょう。


でも現代社会においては、そういうものが評価されずに魂が濁っているわけですよ。


競うこと 較べること 争うことで、魂が泥汚れになっているわけですよ。


それがある日突然、泥が払われることがある。


景色の美しさに驚く瞬間。雪の結晶の美しさに気づく瞬間。


その瞬間とは、魂の泥が 一瞬にして払い落とされた瞬間です。


競う。

較べる。

争うことを全部やめ、

 

ただ自分が必要とされるところでニコニコと生きていく だけでいい。


それが何番目であるかなど関係ありません。

母親自身がその事に気付き、変わっていけば、子どもはどんどん変わっていくでしょう。


本当に綺麗な魂に、きっと戻っていきます。

 

その時、子どもは言うことでしょう。

お花がこんなにきれい。海はこんなにきれいだったの?


わ~今日の空は すごくきれい。

魂はもともと完全で綺麗なクリスタルです。


磨くのではありません。泥汚れを落とせばよいだけです。



自分の内側の

競う心 

較べる心 

争う心を

 

ゼロにすること。それだけで魂はもとのきれいな状態になっていきます。



…どの子供も人と競わせる前(幼児期)には、大人もびっくりするような感性で物事を考えていますよね。その気持ちを持ち続けられるような子育てができる世の中だといいですね!

 

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愛




運動会



朝夕は秋の気配を感じるようになってきました。
台風で延期になっていた小学校の運動会も開催されました。

小学校の運動会である人からこんな話を伺いました…

「今の小学校ってさ、特別支援学級がいくつもあるんだよ。知ってた?昔は仲良し学級とか言って、どの学年の子も同じクラスで一緒にやってたけど、今は発達障害のその子その子の状態に合わせてクラスも分かれているらしいよ。だからいくつもクラスがあるみたい。

でもさ、子供のハンデってさ、周りの大人が決めちゃってると思わない?

この子は○○ができないから発達障害とかさ。

授業中ウロウロ歩き回ってるけど、教科のお勉強には全く興味がないけれど、教えもしないJRの駅が全部言えたり、車の車種にめっちゃ詳しかったり、ものすごい観察力で絵をかいたりとかするんだよね。

私、思うんだよね…私だって国語はめっちゃ好きだったから言われなくても勉強したけど、算数は嫌いだった…掛け算では七の段と八の段は苦労した…走るのは好きだったけどドッジボールは苦手だったとか、みんないろいろだったよね。今はお裁縫は好きだけど、お掃除は苦手…でも、今お掃除が苦手だからってお掃除の発達障害とは言われないでしょ?

だからさ、ある方向からだけみて、この子は○○ができないから発達障害、みたいに決めちゃっていいのかな?って思うのよ、完璧な人なんていないんやし、人は向き不向きじゃなくて、向き向き!不向きを向きにしようとするのもいいけれど、向きをドンドン伸ばしていく向き向き!がいいんやないかなって思うわ!」

…そんな話をしてくださる方がいらっしゃいました。この話は発達障害に対する理解が足りていない発想かもしれません。違うよ!って思われるかもしれません。苦手なことをサポートしてできるようになることも大切だと思います。それと同じように、ひとりひとりのすばらしい個性にも注目していきたいなと思わせていただくお話でした…

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